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マルケヴィチ初体験

 イーゴリ・マルケヴィチによるベートーヴェンのCDを図書館で借りて聴いてみた。
 曲目は交響曲5番と8番、それとL・モーツァルトの『おもちゃの交響曲』。
 マルケヴィチを聴くのは初めて。仄聞するにたぶん好きなタイプの指揮者だろうと思っていたが、現役盤が少ないのと、振るオケがどれもあまり上手そうでない事で今までご縁がなかった。
 聴いてみたら、予想通り好きなタイプの演奏だった。心もち速めの颯爽としたテンポで、内声部もしっかり鳴っているので適度な重量感もあり、畳み掛けるような盛り上がりぶりに思わず身を乗り出して聴き入ってしまった。
 録音も59年なのでノイズなどもありそれなりだけど、個々の楽器の分離がはっきりしていて生々しく、好み。弦のザラッとした感触がたまらない。こういうのは今の主流の、ホールの後ろのほうで聴く音が溶け合い、ホールトーンも乗ったような音とは真逆の録り方で、こういうほうがいい。極端に言えばオケの中で聴こえるような音が僕にとっての理想なんだけど、これはそれに近い音で気に入った。
 ところが、5番の最終楽章に入ったとたん、いきなり、目の前のオケが10mくらい後退した、ような感じがしてガックリ来てしまった。音量に負けてリミッターがかかったような・・これが当時の録音の限界か? 残念至極。
 大好きな8番は名演だった。この曲はベートーヴェンの曲では最もモダンな味わいがある。ベートーヴェンがハイドンのスタイルを模倣して作った曲ということで、同じようにハイドンのスタイルを模倣して作られたプロコフィエフの第1とスタンス的には同じ、新古典主義的な味のある曲。端正な佇まいのうちにメカニカルなリズム傾向、皮肉なユーモア感覚があるところなど両者は良く似ている。
 近現代音楽を得意とするといわれるマルケヴィチには確かに、向いた曲だったのだろう。今まで聴いたこの曲の演奏のうちでも、これはベストに近かった。
 オマケ的な『おもちゃの交響曲』はうちのオーディオでははじめてかかった。懐かしい、楽しい曲で、演奏も文句なし。お得感がありました。
 やはりマルケヴィチ、いいな。これから意識して探すようにしよう。

細胞たちの生と死

 今さっきテレビで「サイエンスZERO」を観ていた。細胞のシリーズ。
 今回はアポトーシスのことを取り上げていたが、この種の話を見るといつも実に不思議な気分になってしまう。
 自分の体の中で、刻々に無数の細胞が死に、また生まれているわけだけれど、テレビなどで電子顕微鏡下のそれらを見るにつけ、それらは一個一個が独立した生命を宿しているように見える。
 それぞれ、他の個体とは別個に生まれ、死んでいく。形もプランクトンみたいで、独立性を保っている。その上、それらはもともと一個の総体的な生命体「自分」の設計図に従い目的を担って生まれてくるわけではなく、成り行き的な生存競争を重ねた末に予定調和的に「自分」を形作るのだそうだ。
 死んだ細胞はアメーバ状のマクロファージに捕食されるのだが、テレビに映し出されたその様子を見ると、食われる死んだ細胞と、食うマクロファージはどう見ても別個の生き物としか思われない。
 自分の中で、細胞が生まれては死に、白血球に食われたりしていて、そいつらはそれぞれ個別の命を生きているのに、その総体が自分という一つの生命である、ということがとても不思議だ。
 一個の独立した生命でございと威張っている自分がじつは無数のプランクトンの集合体であるという事実は、気持ち悪いような気楽なような、なんだかあやふやな気分に誘われるのだった。

映画『女番長 野良猫ロック』を観る

『女番長 野良猫ロック』

1970年 日本 80分
監督 長谷部安春
出演 和田アキ子、梶芽衣子、藤竜也、范文雀
★★★☆☆

 僕は梶芽衣子のファンで、以前その出演映画をずいぶん探しては観たが、残念ながらこの人、作品に恵まれているとは言いがたい。代表作の『さそり』『修羅雪姫』シリーズなど、どれもほとんど正視に耐えない代物だと思う。私見では深作欣二監督の『仁義なき戦い 広島死闘篇』そして『やくざの墓場 くちなしの花』が最も印象深かったが、どちらも重要な役とはいえ、脇役にとどまっている。主演したシリーズもので、いちばんマシなのが、この『野良猫ロック』シリーズなのではと思っている。
 『野良猫ロック』シリーズは全部で5作あり、文芸座のオールナイトなどで間の3作は何とか観たが、最初と最後の二作は未見だった。今回観たのは、シリーズの第一作。
 シリーズとはいっても、話はどれも設定や役名からして違っていて、ただ出演者がいつもだいたい重複しているというだけ。だいたい、梶芽衣子率いる不良少女グループが、巻き込まれる形でヤクザなどの組織と対決する、ようなアクション映画の体裁。中では珍しく紅一点で新興宗教団体から資金を巻き上げようと画策する『野良猫ロック・ワイルド・ジャンボ』がいちばん好きだった。
 今回の第一作目、主役は和田アキ子で、バイクに乗って放浪する一匹狼の和田が、新宿を根城にする不良少女グループと右翼を装ったやくざ組織との抗争に巻き込まれて活躍するといったお話。
 話は実に他愛なくて気楽に見ていられる。全体に当時の人気歌手たちが歌うシーンが多く、歌謡風俗映画としてなかなか物珍しく観られるし、40年前の造成中の新宿の景色がとてもいい。最後に近いバイクとバギーのカーチェイスものどかでいい味出しているが、町中を走り回り、地下街や歩道橋まで上り下りするシーンで、いかにも一般人の通行人がびっくりしている。これ、ゲリラ撮影をやらかしたようだ・・なんていい時代。
 そしてなにより、少女のような初々しい梶芽衣子がとても可愛くて良かったのだった。
 和田アキ子は(演技力の問題で?)二作目以降からはいなくなり、作品全体の雰囲気もこれと以降の作品では違っているが、当時の風俗を活写したオシャレな音楽映画として、これはこれでけっこういい作品だったと思えた。短いから気楽に観られるしね。

すごいよ! にがにがくん

 にがにがくんというのは今年植えたゴーヤの苗の名前。こちら参照

 新しい土を入れた大きなプランターに一株だけ植えたので、順調に生育している。でも、「緑のカーテン」という観点から見るとやはり一株では不足だったようだ。ネットがすかすかくんで見栄えが悪いったらない。半月ほど前に買い足しに出かけたのだが、ゴーヤの苗、今年はもうどこにも売ってなかった。今年はゴーヤ栽培、本当に流行しているようだ。
 ともあれ、順調に生育して今年はじめての実が成った。
 例年になく大きな実。さすが、苗で買ったF1交配品種だけのことはある。いつもは買ってきたゴーヤから取り出した種を蒔いたり、なんとなく生えてきたりしていたので、実もそんなに立派なものはならなかった。20数センチまで丸々と育ったものでちょっとびっくりした。
 でも、できるだけ大きく育ててやろうと、ねばったおかげで少しだけ熟しかけてしまった。ゴーヤ、熟すとオレンジ色になり、はじけるように裂けてしまう。中の種はワタの部分が真っ赤になって、ちょっとスプラッター風の外観を呈する。真っ赤なワタは柿のような味で甘いのだが、おいしくはない。オレンジに熟した実も苦味がなくなってしまう。
 今回は少しだけ、黄色みがかってきたのであわてて収穫したが、割ってみると果たして、中はもう赤くなっていた。でもさすが「にがにが」を標榜するだけあり、身のほうはまだ十分に苦味もあって、おいしく食べることができた。
 ゴーヤチャンプルーにしていただきました。