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ニック・メイスンの『Inside Out: A Personal History of Pink Floyd』を読了

 ピンク・フロイドのドラマー、ニックが著したピンク・フロイドのクロニクルを読了。正月一日から読み始めたので、けっこう時間がかかった。特に前半部分にてこずったものの、Dark side of the moonの頃から快調に進みだし、The Wall以降はあっという間に読んだ。面白くて、熟読した。
 中学生の頃に出会って以来30余年、私にとってピンク・フロイドは文学でのP.K.ディックとほぼ同じような立ち位置にある。つまり原体験とでもいえるような存在で、以来クラシックにはまろうが、ロシア文学に入れ込もうがいつまでたっても別格として周期的に回帰することになる、故郷のような場所としていつもある存在だ。たぶん、死ぬ前にはピンク・フロイドを聴きながらディックを読んでこの世にオサラバするんじゃなかろうかと思っている(エコーズと、ユービック!)。
 なのでこの本も、けっこう以前には入手していたもののいつでも読める気がして放置してあった。それを手に取ったのは、昨年来数度目のフロイド・ブームが自分のなかに到来していたため。直接のきっかけはロジャーの20年ぶりの新作が素晴らしかったことも大きい。
 とはいえ私はロジャー派ではなく、このバンドのファンの派閥みたいなものがバレット信者、ロジャー・ニック派、ギルモア・ライト派に三分されるとしたらギルモア派だろう。夭折の美学には子供の頃からハマらないし、イカツイ理屈よりは感覚美に耽溺したいほうなので。
 そしてこの本の面白かったところも、物足りなかったところもそうした私の好みに直結している気がする。
 好きなバンドの話なのだから基本的に興味深いのだが、構築的知性の勝ったニックの興味はもっぱら「段取り」にある。とあるライヴの開催にこぎつけるまでに、どんな手続きを踏み、人脈を用いるか。その過程でどんな出来事があったか。また、会場の演出のためにどのような技術を用い、そのためにどんな工夫をしたか。
 話題はそういったことが主になり、メンバー間の人間関係も、もっぱら「段取り」をしていく過程でのすれ違いや協力関係といった観点から語られる。
 うーん、どっちかというと、このアルバムを作る際にはどんな製作過程があって・・とか、この曲はこういう意図で作られた、みたいな話が読みたかったんだけど・・
 そういった興味がある程度満たされるのは、ギルモア・フロイドとなった後のDivision Bellの話題くらいなのがいささか物足りない。それだけ、ロジャーの独裁体制が強固だったのかもしれないが音楽面ではギルモアやリックの視点からの話も読みたい気がした。
 意外で、笑ってしまったのはDivision Bellの収録曲を決める際の民主的手続きのくだり。メンバー3人が各候補曲を10点法で採点し、合計点が高いものを選ぶことになる。するとリックは、自分の曲にはすべて10点を投じ、他には1点も入れない(!)という作戦に出て、他のメンバーが気づかないうちに、いつの間にかDivision Bellはリックのソロ・アルバムの様相を呈していった・・というところ。あの人がよくて控えめなリックがこんなことしてたとは・・とかなり面白かった。この本のなかでは他でもリックは「空気読めない」キャラとして描写されている。
 そんないじり方をしているぶん、最終章でのリックの死を悼むくだりはひときわ痛切で、感動的だった。この本の白眉はこの初版刊行後に付け加えられた終章であると断言しても差し支えないだろう。ロジャーとの再会、ライヴ8での再結成のいきさつ、そしてシドとリックの死で締めくくられるこの章だけでも、気軽に日本語で読めるような形になんとかならないものかと思ってしまった。
 かなりごたごたの多いバンドなのでいくらでもセンセーショナルに書き立てられるような話題も多いものの、筆者の人柄で全体に余裕のある、乾いたユーモアの勝った筆致でどんな話題もドロドロしないし、自慢も恨みつらみもない。若干、ご自分を低く見積もりすぎではと思われるところもあるけれど、それも余裕なのだろう。
 段取りの話が長いこと、イギリス英語でやや読みにくい(「文法」からはみ出した表現や慣用表現が多い、辞書にも載ってない語彙が多い、文学的なのかとっ散らかった文章なのか判別しがたい)ことなどからだろうか、邦訳は出ていない。これは訳するの大変だろうな~写真だけでも一見の価値はあるので、同好の士はペーパーバック版でも手に入れられてはいかがだろうか。
 
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